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  <title>マダム・タバスコのピリリな生活</title>
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  <description>だけど人間は甘い</description>
  <lastBuildDate>Thu, 04 Jul 2013 15:21:42 GMT</lastBuildDate>
  <language>ja</language>
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    <item>
    <title>せんさんのこと</title>
    <description>
    <![CDATA[<div class="FANCYURL_EMBED" data-widget-namespace="jp.mixi.home.pc.page.diary.embed.renderer" id="diary_body">
	<font style="font-family: arial"><font style="font-size: medium">こないだの帰省の折、母から聞いたこと。<br />
	<br />
	昔話の中で。<br />
	<br />
	父が在日韓国人であることは何度か言っておりましたが、そんな父の友人の話です。<br />
	娘から見て父親の交友関係って正確にはつかめていないから、友人と言ってもどの程度の親密さであったかとかはよくわからない。<br />
	<br />
	私の記憶としては、その人は我が家では「せんさん」と呼ばれていました。<br />
	「せん」が名前の一部なのか、韓国の姓なのかもわからないです。<br />
	ちょっとひょうきんなおっちゃんでした。<br />
	言葉には韓国訛りがかなり残っていて、風貌もいかにも韓国人っぽい人です。<br />
	ええと、「パッチギ」にでてきた笹野高史風といえばわかりやすいか。私はこの人のこと嫌いじゃなかったです。<br />
	<br />
	まだ壬生に住んでいたころ、せんさん一家も近くに住んでいたようで、母が買物帰りなどにせんさんの家に立ち寄ってせんさんの奥さんと玄関先で話している情景が思い出せます。せんさんはビニールのカバンを自宅の一部を作業場にして簡単な機械で製造するという仕事をしていた。小学生がプールに持っていく、透明な袋ね。<br />
	貧乏してはるのが子どもの目から見てもわかりました。私と同い年の女の子がいて、その子が長女でその下に男の子が二人いたように思う。奥さんが貧乏を嘆くような口ぶりで母に愚痴を言っていたような気がする。<br />
	<br />
	せんさんは我が家に来て、父とお酒を飲んでいることもあったかもしれません。そのときも浮世の辛さを酒に紛らすような、そんな飲み方、喋り方のかすかな記憶。<br />
	<br />
	父にはそういう似たような境遇の友人が何人かいたように思う。<br />
	みな貧乏で、訛りが強く、パッチギの住人のような人たち。<br />
	<br />
	そんな友人たちの中で、父は娘のひいき目もあるのかもしれないけど、しゅっとした（関西弁でスマートなって感じ？）人で、そして何より不思議なのが父にはまったく訛りがなかったんです。<br />
	読み書きができない人もいました。せんさんもそうでした。<br />
	少し大きくなると、我が家に出入りするそういう人たちが、いろんな書類を父に代筆してもらいに来ているということもわかってきました。<br />
	父は小学校もまともに出ていないけれど独学で高卒程度の学力があり、働きながら大学に聴講生で通った時期もあったそうです。父は学校の先生になりたかった、というのを聞いたことがあります。いかにもその職業が似合ってそうな人でした。貧乏がそうはさせてくれなかったんでしょうね。<br />
	母との昔話の中で、改めて父の人となりに触れ、父の人格を誇りに思ったり、懐かしさ、恋しさを新たにしたり・・・<br />
	でも、今日の話はせんさんのことね。<br />
	<br />
	西京極に引越ししたことでせんさんとも少し疎遠になりました。<br />
	せんさんが一念発起で中華料理店を始めたこと、それが思いのほか成功しているという話を父母の会話から漏れ聞いたりしていました。<br />
	<br />
	もう30代後半か40代になっていたかもしれないその時期からの転身は大変な苦労があったんだろうなぁと今そんな話を思い出して考えます。<br />
	<br />
	成功したせんさんの店に両親と私と3人で行きました。<br />
	すごく印象に残っているのは、その日が高校の合格発表の日だったこと。<br />
	<br />
	お店は繁盛していて私と同い年の長女が立派にお手伝いをしていました。<br />
	高校へは行かずお店の手伝いをすることを奥さんがうれしそうに話し、その女の子もそれを誇らしそうにしていたのが、私には驚きだったわけですが、それはどんな驚きだったんだろうね。うまく思い出せない。ええと、その女の子がすごく美人になってたことも驚きだったんだけど、それもどんな気持ちでそれを見ていたのかうまく思い出せないんだけどね。でもなんだかとても印象的な夜でした。<br />
	<br />
	それからまた数年が過ぎて、何かの折に、母がせんさんの美人の娘さんに縁談を持って行ったら、もう決まった人がいるらしい、とかそんな話を漏れ聞いた記憶が一つ。<br />
	その後はもうせんさんにまつわる話は思い出せない。<br />
	<br />
	で、今回母との昔話でせんさんの話を聞くことになりました。<br />
	<br />
	せんさんはその後もお店は順調に繁盛し、息子さんが跡を継ぎ・・・<br />
	そうこうしていたらお店が道路拡張に伴い立ち退きになり、それがバブルの絶頂期で、法外な立ち退き料をせんさんは手にすることになった。<br />
	<br />
	立ち退き後の店舗も確保でき、それでも余りある財産を作ることができ、やれやれという矢先、せんさんは急死されたそうです。トイレで倒れ、そのまま。<br />
	20年くらい前の話。そうか、せんさんそういう亡くなり方やったのか・・・<br />
	<br />
	「もうせんさんの家族が今はどうなってはるか全然知らんえ」と母はこの話を締めくくろうとして、思い出しついでにこんな話をしてくれた。<br />
	「せんさん言うたら、あんた覚えてるか？」<br />
	と面白そうに話し出したんだけど、全然私は覚えていない話だった。<br />
	せんさんは我が家に来ると末っ子の私をよくからかっていたそうです。<br />
	「タバちゃんは橋の下に捨てられてたんをおっちゃんがひろてきてこの家に預けたんやでぇ」<br />
	来るとせんさんはいつも私にそう言って私を泣かしてたんだって。<br />
	覚えてないなぁ。私はせんさんになついてて、ひょうきんなこのおっちゃんによく笑わしてもらってたと思ってたんだけど。<br />
	で、その話を学校の作文に私が書いたんだって。<br />
	<br />
	その話がおもしろいて先生に褒められたやん。おかあさん、よう覚えてるえ～、あんた覚えてへんのかいな。<br />
	<br />
	へええ、どんなこと書いたんだろ？<br />
	そのつづり方（作文ではなくつづり方と母は言った）読んでみたいなぁ。<br />
	<br />
	我が母は子どものそういうものをきちんと保存しておく人ではなかったのでどこにもありません。<br />
	<br />
	タバスコの、一世一代の名作文だったかもしれんのになぁ。</font></font><br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</div>
]]>
    </description>
    <category>しみじみ</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%E3%81%97%E3%81%BF%E3%81%98%E3%81%BF/%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8</link>
    <pubDate>Thu, 04 Jul 2013 15:21:42 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>夢</title>
    <description>
    <![CDATA[<div class="FANCYURL_EMBED" data-widget-namespace="jp.mixi.home.pc.page.diary.embed.renderer" id="diary_body">
	<font style="font-size: medium">インテリアコーディネーター資格（資格だけ）を持つタバスコ、ふんがっ！<br />
	<br />
	リフォームするぞ！、ふんがっ！（ちなみに、これは鼻息の擬音）<br />
	<br />
	築23年になっております我が家。リフォームどきです。<br />
	<br />
	しかし、年金も恩給も退職金も親の財産も当てにできない我が家、しかも金食い虫の娘にリフォーム資金の大半を下水に流されたしっ！<br />
	<br />
	<br />
	だから、できるのはタバスコのへそくり範囲内なのだ！<br />
	<br />
	長年、計画だけはいっぱいいっぱい立ててきた。<br />
	そんじょそこらの計画ちゃうよ！<br />
	インテリアコーディネーターの知識とセンスを駆使しまくったリフォーム案、Ａ案から数えたらアルファベットを2巡するくらい立てたがな。<br />
	<br />
	そして、今リフォーム計画を現実化するに当たって、黄金の練りに練ったリフォーム案から、予算内で実現化できる範囲を絞り込み、つまりはあれもこれもあれもこれも諦めなきゃならんってことなんだけど、夢と現実のはざまを右往左往する日々。<br />
	<br />
	夢と言ってしまうとちょっと大げさかもしれんけど、資格だけ取って結局実生活では何の役にも立てることができなかったインテリアコーディネーターの知識を、ステキな住居改装の具現化に役立てる！今こそ一世一代の、千載一遇の、人生最後の、これっきりこれっきりの大チャンス到来なわけよ。鼻息も荒くなるってもんよ、ふんがっ。<br />
	<br />
	キッチン、お風呂、トイレという水回り御三家はやっぱりこの際リフォームしたい。<br />
	主婦の気持ちとしてはキッチンをさ、大改装したいよね。<br />
	23年前は主流だった対面式キッチン、今や流行遅れなんですよね。<br />
	<br />
	今は何と言ってもアイランド型なんですよねっ。<br />
	<br />
	アイランド型、思えば10数年前、第一次タバスコ家リフォーム計画ブームのときからタバスコは、「これだな！」と目をつけていたのだ。<br />
	<br />
	でもその後我が家を襲った諸事情によりその計画は雲散霧消していた。<br />
	それどころちゃうやろという幾星霜が流れた。<br />
	<br />
	タバスコがそれどころちゃうやろ的幾星霜をいたずらに加齢に捧げていた間に、リフォーム啓蒙雑誌においては今や憧れのアイランドキッチンはスタンダード仕様になっとるがな。<br />
	<br />
	なんや、猫も杓子もそれかいな、みたいな。<br />
	<br />
	ちょっと熱が冷めた。<br />
	<br />
	案外独立型にした方がええかもしれんな、などと発想が大回転している今日この頃。<br />
	<br />
	いっそ、キッチンゾーンとお風呂ゾーンをすっぽり入れ替えるなんてのもおもろいかもとか、予算を忘れてあれこれ夢見る楽しさ。<br />
	<br />
	あああああ、たのちい。<br />
	<br />
	だから、もうちょっとこのままでいるかも。<br />
	<br />
	夢見てる時間、長い方がええもんね。<br />
	<br />
	<br />
	なんかいじらしくて涙を誘う話ちゃう？</font><br />
	<br />
	&nbsp;</div>
]]>
    </description>
    <category>主婦の生活</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%E4%B8%BB%E5%A9%A6%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%B4%BB/%E5%A4%A2</link>
    <pubDate>Sat, 24 Nov 2012 14:42:58 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>マザーズドリーム</title>
    <description>
    <![CDATA[<font style="font-size: medium">6月ごろお友だちのkontaちゃんから指令が来ました。<br />
<br />
「今度のわなびー、タバスコさん、何か書いてくれませんか。」<br />
<br />
わなびーというのはわてらおばはんのお祭りイベントのことだす。<br />
<br />
なにか書く、というのはお芝居の脚本みたいなもんのことです。<br />
<br />
このイベントが始まったときから、「いつか書けたらいいなぁ」とは思ってました。<br />
でもそれは、ずっと先の先にある夢みたいな気持ち。<br />
<br />
そんなもんを「書かして欲しい」という前にシナリオの書き方とかちゃんと勉強しとかなあかんしな、とか思てました。<br />
<br />
<br />
だから、kontaちゃんにまず最初に声をかけられたときはうれしい気持ちの裏側で、「むりむり、ぜったいむり」としり込みする気持ちの方が強かったです。<br />
だけどこういうときしり込みしながらも、とにかくやってみようやないけ、というすけべ心がむくむく抑えがたくなるのもＢ型っていうか申年っていうかふたご座っていうか、なんかタバスコの星回りがそういうすぐに調子に乗りやすい星回りになっておるのだな。<br />
<br />
kontaちゃんがまたうまいこと調子に乗せるわけよ。<br />
<br />
調子に乗せられて、「ほな、書くぅ」というてしまうあほ、タバスコ56歳、もっと落ち着けよ。<br />
<br />
んでもって書いた小さなお話がありました。<br />
<br />
実は3年前に同じタイトルの小説を書いたことがあります。例のごとくローカル文学賞に応募し、あえなく玉砕しました。<br />
母と娘の心の齟齬、葛藤をテーマにしたものでした。<br />
私はどんな小説を書いても結局このテーマからは離れられないみたいです。<br />
大不倫官能小説を目指して書きはじめても結局そこに行きついてしまう。<br />
<br />
kontaちゃんに頼まれて書いたお芝居は、タイトルは同じながらまったく別のお話にしました（タイトルを明かすとネタばれになるので、kontaちゃんから口止めされてます）<br />
<br />
親子の間にちょっとした事件が起こるんです。<br />
<br />
実はこの事件は私の友人の家で本当に起こった事件でした。<br />
私はその話をお酒の席で友人から聞いて（相当むかしのこと）私自身ショックだったし印象に残ってたんでしょうね。<br />
<br />
その事件をほんのちょっとだけミステリー風に仕上げました。<br />
<br />
<br />
kontaちゃんは「おもしろいよ」と言うてくれました。ほんま？ほんま？<br />
<br />
これが、わなびーで日の目を見るかどうかはわかりません。もうあとのことはkontaちゃんにお任せしてあります。<br />
<br />
<br />
<br />
そして、今年もローカル文学賞の締め切りが迫っても何も書けてなくて、ネタもなくて、もうあかんかなぁとおもいつつも心のどっかであのネタを小説にできひんかなぁ、したいなぁ、と思っておりました。<br />
<br />
運動会も敬老会も終わった9月30日。<br />
<br />
残り10日の期限で「これで行こう」と決め、それでもなかなか書き進めず、もうシナリオのまま応募したろかしら（この文学賞は脚本も可）とおもたりして、そっちの方向で書き直したりしてましたがそれもいまいち・・・<br />
<br />
結局本格的に書きだせたのは10月6日のことでした。<br />
<br />
この日ダンナもヒカリもお出かけで完全野放しにやっとなれたタバスコ。俄然作家気分が盛り上がったのでございます。<br />
<br />
実質この日一日で書き上げました。天才やで。<br />
<br />
<br />
結末とかどうしても物語として整合しないところをあと2日で書き直し、8日の深夜というか早朝に脱稿致しました。<br />
<br />
8日はﾋｶﾘの30歳の誕生日でした。<br />
<br />
30歳、娘はこれからやっと彼女の青春を生き始めるのだと私は思っています。そういう、苦しい10代、20代やったし。<br />
<br />
そんな年の文学賞に、どうしても何か記念になるものをどんなしょうもなくても書いて応募したかったんです。<br />
<br />
書きあがって、だからひときわうれしかったです。<br />
<br />
おりしも金木犀が盛りになってますね。ええ香り。<br />
<br />
とびきりの秋です。<br />
<br />
<br />
今週末、松山のまちゃこんちへ遊びに行きます。<br />
<br />
実は、まちゃこんちの家に起こった事件をネタにさしてもらいました。<br />
<br />
飲みながら、「あんたの家の例のあの事件、小説にさしてもろたで」と<br />
<br />
告白するつもりです。<br />
<br />
ま、多分笑って済ましてくれると思います。<br />
<br />
まき（まちゃことともにタバスコの学生時代からの飲み友達）の家の事件はすでに過去にタバスコの餌食（小説のネタ）にされているのであった。</font><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>作家ごっこ</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%E4%BD%9C%E5%AE%B6%E3%81%94%E3%81%A3%E3%81%93/%E3%83%9E%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0</link>
    <pubDate>Sun, 14 Oct 2012 08:40:54 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>比喩力に難あり</title>
    <description>
    <![CDATA[<font style="font-size: medium">ああ、さわやかな秋の空だ。<br />
<br />
<br />
ああ、気分いい。<br />
<br />
去年は不戦敗に終わったローカル文学賞応募作、出来上がったぞ。明日が締切、ぎりぎりでエンドマークにたどり着いた。<br />
<br />
運動会、敬老会、ローカル文学賞・・・今やタバスコの、夏から秋への風物詩となった趣のある年間イベントである。<br />
<br />
それぞれの事業の発端から計画、準備、実行、事後処理と、その渦中にあっては煩わしいことこの上ないことの連続なんだけど、終わってみるとささやかな達成感がある。ああ、やれやれ、と一人でつぶやいて得られる程度の達成感なんだけど、そんなちっこい達成感の積み重ねで人生ができあがってるっちゅうことも、知ってるわけよ。知ってるわいさ。<br />
<br />
毎年繰り返す幸せ。きっと来年も同じことしてる。ひょっと大賞なんかとってしもたら来年からは応募できなくなってしまうし、そこはそれ、大賞を取らない程度のもんを書きあげる力量も求められるわけよ。<br />
<br />
ああ、今年もその力量をいかんなく発揮して、タバスコは年間の三大イベントを成し遂げたぞ！やったね。ああ、やれやれ。<br />
<br />
人生にはたまにこういう日がやってまいりますね。<br />
<br />
一点の曇りもなく晴れ晴れとした達成感に酔いしれることのできる日。<br />
<br />
<br />
この爽快感、それはまるで長い便秘が治ったみたいな・・・<br />
<br />
それ以上の比喩が思い浮かばない作家、タバスコでございます。</font><br />
<br />
<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>作家ごっこ</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%E4%BD%9C%E5%AE%B6%E3%81%94%E3%81%A3%E3%81%93/%E6%AF%94%E5%96%A9%E5%8A%9B%E3%81%AB%E9%9B%A3%E3%81%82%E3%82%8A</link>
    <pubDate>Sun, 14 Oct 2012 08:34:29 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>あれから</title>
    <description>
    <![CDATA[<font style="font-size: medium">あれから１５年が経った。<br />
１５年で私は４０歳から５５歳になったわけよ。<br />
４０歳言うたらまだまだ若くてかいらしかったのよ～<br />
でも４０歳の私は今よりきっと老いぼれてたんだろうな。<br />
<br />
美容院に行けなくて知らん間に髪が伸びていた。私は髪を伸ばしたくてなかなか伸ばせなかったんだけど、あのころの写真を見ると長い髪を後ろで一つに束ねている！そんなこと全然覚えてなかった！<br />
その当時は美容院にも行けないというそういう自覚もなかった。<br />
<br />
記憶は断片断片のきれぎれ。<br />
<br />
例えば、中学校の運動会で、ガリガリに痩せた娘の体操着姿の一瞬の映像とか。<br />
<br />
拒食症と診断されてからの２年くらい（中学２年の春から高校入学ごろ）は、まだ後から考えればあんなもんどうってことなかった。<br />
学校へ行けないことなんか、そんなもんその後のことに比べたらへの河童みたいなもんでした。<br />
<br />
高校に入って卒業までも相当きつかったけど、それでもそのあとのことに比べたらまだあんなもん序の口やった。<br />
<br />
大学に入って半年でこりゃダメだなとわかって、愕然として、でも娘が「やっぱり続ける」と言ったとき、光明を見たような気がした。<br />
発症から５年が経過して、おー光が見えた、なんて大騒ぎしたけど、あれもその後のことを考えたら、その後にもっともっと本当のしんどい地獄みたいなもんがあったわけです。<br />
<br />
本当にしんどいことは、私がどんどん年を取っていくこと、娘もどんどん年を重ねていくこと、そして先の見通しは全然ついてないことでした。<br />
<br />
１４歳で発症したとき、２０歳になったらきっと笑って振り返れるやろって思てました。<br />
<br />
その２０歳もとうに過ぎて、２３歳も過ぎて２５歳も過ぎて２６歳、２７歳・・・<br />
<br />
おいおいどこまで続くねん・・・<br />
<br />
まだ終わらへんのかいな、これってなんか悪い夢見てるわけではないねんよね。<br />
<br />
一回きりの人生を娘はただただ食べて吐くことにとらわれて、その食費はときどき暗算するだけで吐き気を催すくらいの恐ろしいような数字になっている。（実際、計算してみたら、家一軒建ってました。めまいがした。）<br />
治療費にかかるというならまだ耐えられる。ただ食べて吐いただけでン千万～<br />
私の夢のリフォーム資金は下水に流れた～（ハハハハハハ、やけくそ）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そんな悪夢みたいな状態が、やっと止（や）まりました。<br />
<br />
娘の過食は十分の一になりました。（まだ終わってないんかいな）<br />
二分の一でも夢みたいなもんです。十分の一言うたらもう天にも昇りまっせ。<br />
<br />
いつか止まります。<br />
自然としたくなくなります。<br />
その日まで長い目でみたげましょう。<br />
<br />
幾人かの精神科医にそういわれてました。<br />
<br />
あんたら気楽にそんなこと言うけど一年でいくらかかると思てはりますのん。<br />
<br />
そいつらの話を半分信じ半分疑ってた。<br />
<br />
ほんまに止まりましたね（ふふ）。<br />
<br />
無理に止めても逆戻りになることもあります、とも言われた。<br />
<br />
無理にではなく自然に止まるのを待ってたんやから逆戻りはない、という保証があるわけではないらしい。<br />
<br />
娘も、「まだドキドキ」とか言うてますしね。<br />
<br />
でも、止まったんです。<br />
<br />
１５年間、来る日も来る日も過食して吐くが習慣となってた、それが当たり前みたいに、そのために日にン千円もの食費がかかっていた生活がひとまず終わった。<br />
<br />
<br />
あれから15年も経ってた。ああ、ほんまに長かった。<br />
あんまりの長雨で足元ぬかるんだままですけどね、空を見たら、ま、ちょっとは晴れ間も見えなくもなし。<br />
薄日の下で、娘が笑ってます。<br />
<br />
こんな妙な人生になってしもたけど、別に全然不幸じゃなかったな。<br />
案外おもろい目も見ましたし。<br />
<br />
全く全然これっぽっちも自慢になりませんが、もっかいこんな人生生きてみるか、と言われたら、「おー、かまへんで」くらい言うてもええかな。半分は空意地やけど。</font><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>ﾋｶﾘ</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%EF%BE%8B%EF%BD%B6%EF%BE%98/%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%8B%E3%82%89</link>
    <pubDate>Sun, 22 Apr 2012 03:20:21 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tabasco.blog.shinobi.jp://entry/95</guid>
  </item>
    <item>
    <title>ピー！</title>
    <description>
    <![CDATA[<font style="font-size: large">1月13日、タイガース京都公演を見て、興奮冷めやらぬ18日、ＮＨＫ「SONGS」にタイガース出演。<br />
<br />
何度も何度も繰り返し見てしまうなぁ。<br />
なんべんも見てしまうのは気持ちええからなんやろなぁ。<br />
なにが気持ちええのかしら？<br />
<br />
ピーがすごくうれしそうにドラム叩いてはるのね。ジュリーのアップの後ろで見えにくい角度のピーにもずっと目を凝らして画面に見入ってしまう。<br />
<br />
そんなに笑顔満面と言うわけではないんだけど、65歳のピーが、きっと私などが想像できることなんかごく一部だと思う、いろんな思いを懐中しながらドラムを叩いているその姿が、見ている私をとにかくええ気持ちにさせてくれるんだから、きっとピー自身がええ気持ちでドラムを叩いているってことなんだろうと思う。そう思うとなお一層うれしくなって、また見たくなってしまうんだなぁ。<br />
<br />
いろいろね、言葉にしてみたいことはあるんだけど、さっきから書いては消し書いては消ししてます。<br />
<br />
別に言葉にしなくてもええか、って気持ちになってくる。<br />
<br />
私らファンの前に帰ってきてくれてありがとう、という気持ちでいっぱい。<br />
<br />
熱狂的ファンやったと言うても本当はピーのことなんかすっかり忘れてたんですよ。<br />
<br />
解散して数年間は週刊誌でときどき消息について断片を目にすることはあって、そのたびにさびしいさびしい気持ちになりました。<br />
ピーはタイガース時代をひたすら忘れたがってはるんやなぁって思えて、悲しかった。でもそれも3年くらい？そのあとは身近の男の子との恋愛に目を奪われて、ピーのことなんかすっかりすっかり忘れてました。<br />
<br />
解散して10年後にいっぺんタイガースが再活動した時、私は全く興味が持てなかったんです。コンサートにも行ってません。テレビで見て、へえええ、と思うだけでした。そのときちょっとだけ胸がちくりとしました。<br />
ピーはもう2度と私らの前には出てきはらへんにゃなぁと再確認させられたようで、その時悲しい気持ちがよみがえりましたけど、ふうん、という程度で過ぎ去れました。<br />
<br />
去年の2月、新聞でピーの姿を見てびっくりして・・・それから私の胸に訪れた感情・・・それは心地よい感情で、湿った暖かい気持ちやったんです。<br />
<br />
湿った暖かな感情が胸に少しずつ満ちてくる感じ。<br />
湿った暖かな感情をもっと分析して、大感想文を書いたら、山田先生に、「とてもいい手紙でした」ってほめられたんですぅ。<br />
<br />
その一部をここに再現しよと思たんですが、その文書ファイルが見つからへん。どこ行ったんや、私の名文よ～～～<br />
<br />
ま、ええわ。失くしたもんはすぐあきらめる、というのが私のモットーですよって。<br />
<br />
いっぱいいっぱい失くしてきました。つい最近も大事にしてたマフラー失くしたし。<br />
失くすばかりの人生やった、とは昨日読み終えた「花狩」の主人公タツの老境に至っての感慨でした。60過ぎて、自分の食い扶持はまだ自分で働いて得なければならない、一生懸命働いて築いたはずの財産も、愛情の限りを注いだ息子も戦争で失くしたタツが、残った子供に疎まれて預けられた瀬戸内のさびしい田舎で悲嘆しながらも、それでも、失くしたものへの未練だけに縛られず、ふつふつとわき上がる気力を感じて物語は終わるんです。<br />
<br />
人生はどんどん失くすばっかりや、と気づいて尚投げやりにならずに生きていくその心境は、今の私に大いに共感できました。<br />
<br />
13日、タイガースのコンサートの後で一緒に飲んで午前3時までしゃべり通した旧友が、「ほんまに僕は芝居が好きやったのか、って最近になって思うことある」という。<br />
<br />
芝居なんて生活の糧を得にくいような道を選んで生きてきたからには、「好きやから」という気持ちの代償でもなければ自分の人生に言い訳がたたんのんちゃうかなぁって私は思うけど、でもそういう彼の告白は正直な気持ちでもあろうと思う。でも、正直であってもそれが全部の気持ちではないこともわかる。酔ってそういうことを言いたくなる気持ちもわかる。言って、悔いる気持ちもあるだろうなってこともわかる。<br />
私は好きなこと見つけられずに（これに人生賭けよって思うほどの）ここまで来てしもて、それが無念と言えば無念。無念な人生。人生賭けて好きなこと貫き通すというのが一番価値ある人生のはずや、と私は思い続けている。でも叶わないままもうこんな年になってしまいました。だとしたらその代償になるような何ものかが残ったのかと問えばそれも空しい。<br />
時間を失くし、情熱を失くし、自信を失くし、マフラーを失くしいしいして55歳になって、案外うれしそうに生きてる。アホやからなんやろか。<br />
<br />
旧友が、つい正直な心情を吐露する相手として認めてくれたのだとしたら、それはひょっとしたら、人生はどんどん失くすばっかりやということを知ってなおしょぼくれずに笑っている人間の価値を私に見出してくれたからかもしれへんなぁと思う。<br />
<br />
一昨年あたりからの私の心情の通奏低音ともいうべき、この、失くすばっかりの人生への肯定感に沿うようにして、私は、ピーの再来を見ていたような気がするんです。<br />
<br />
ピーは、41年前の解散直後の心情を、「それまでの自分を（タイガースの5年間を）否定しないでは次の自分が出てこれなかった」というような言葉で表していた。当時24歳だった人が、その24年間の内の5年間をなかったもののようにして、その後の40年近くを生きてきたんだろうと、彼がタイガースのメンバーとほとんど絶交状態であるということを聞いたときそう思い、それをとても悲しく感じたんだけど、今回の再活動によって、なかったもののように置き去りにしていた5年間を彼は正当に復活させたような気がして、ピーの人生にとってそれはとても喜ばしいことだと思え、その思いが湿った暖かな感情を作ってくれていたことに気付いたわけでした。<br />
<br />
人の人生は7、80年くらいのものとして、概ねその時間内に人はどんどんいろんなものを失くしていく。どんな理屈をつけようとも、残り時間はどんどんなくなっていくばかりに違いないんですよね。<br />
<br />
55歳の私が、自分の残り時間のことを初めてリアルに感じ始めた時期に、昔のアイドルの、40年という時間を経ての再来を見、すごく揺すぶられました。<br />
人生を賭けて好きなことをしてきたとは言い切れないと吐露する友人の人生を悲しいばかりではない心情で理解できる人間になれてました。<br />
まだまだしゃべりたらないと私たちは思う。<br />
<br />
<br />
Youtubeに、41年前の解散コンサートでのピーの動画がありました。<br />
24歳のピーです。<br />
41年経って、「SONGS」で65歳のピーは、やっぱりすっかり老けています。<br />
ちゃんと、41年は流れました。<br />
私にもちゃんと41年が流れました。<br />
<br />
いつか、そんなに遠い未来ではないいつか、みんなみんないなくなってしまう日が、もうそんなに遠くない未来にやってくることを知っていて、あともういっぺん、「ピー！」ってコンサート会場で叫びたいなぁ。あともういっぺんくらいでええかな。2回くらいできるかな。3回は贅沢かな。<br />
<br />
<br />
ピー、本当に帰ってきてくれてありがとう。長生きしてくださいね。<br />
今西君も長生きしいや。まだまだこれからもいっぱいいっぱいしゃべろな</font>]]>
    </description>
    <category>ともだち</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%A0%E3%81%A1/%E3%83%94%E3%83%BC%EF%BC%81</link>
    <pubDate>Mon, 23 Jan 2012 07:58:53 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>青春のタイガース</title>
    <description>
    <![CDATA[<font style="font-size: medium">タイガース復活コンサート、楽しんでまいりましたぁ。<br />
<br />
トッポが参加してないから復活という言葉を使うのを避けているらしいけど、実質復活コンサートだったなぁ。<br />
タイガースが40年ぶりに蘇ったよ、タバスコの目の前で。<br />
多少古びてたけど。<br />
<br />
ジュリーは中年太りを通り越して初老肥満体になってるし（あんたなぁ、ちょっとは痩せよとおもわんけ、と糸子ならしばきたおすとこや）。<br />
<br />
サリーはベースギター30年ぶりに触ったというし（ま、名優岸部一徳やさかいなぁ、しゃあないか）<br />
<br />
タローも太って、しかもギターテクニック、全然向上してないことない？40年前から。<br />
<br />
かつての熱狂的タイガースファンだったタバスコは身内のような気持ちで、ステージ上の古びたザ・タイガースをハラハラ見ている自分に気づいて、それもまた胸を熱くするのであった。<br />
<br />
そしてピー、おちゃめにステージ上を駆け回る。<br />
ジュリー曰く「40年前と体型が変わらないのはピーだけ～」<br />
<br />
ピーだ、ピーだ、大好きだったピーが65歳でステージ上を駆け回ってる。ちょっと息がきつそうやけど。<br />
<br />
ピ～～～～～～！<br />
<br />
タバスコは叫ぶ。<br />
<br />
叫ぶタバスコの声が哀愁を帯びている。<br />
<br />
自分の発した嬌声が哀愁を帯びているのを聞き取って胸がきゅうんとなったよ。<br />
<br />
その声はおばはんの声だった。<br />
<br />
40年前は処女の声だったのになぁ。<br />
<br />
周りのおばはんたちもその多くがあの当時は処女だったことだろう。<br />
<br />
アイドルに熱狂し、ジュリーに、ピーに恋い焦がれ、キスも知らずにいた少女たちだった私たちは、40年経ってすっかりおばはんになりました。<br />
<br />
ジュリーも古びてきちゃなくなったけど、わてらも古びましたなぁ。<br />
<br />
熱狂したアイドルがいるそんな青春を過ごした少女たちがいて、ほんで、40年も経って、40年の齢を重ねたアイドルたちがまた姿を見せてくれた、そして、そして、なんて楽しそうに彼らは演奏してるんだろう。古びたファンの前で。<br />
そんなことがしみじみとほのぼのとうれしいのでした。<br />
<br />
昨日の昼下がりの地元のラジオ番組にピーが出ていたんです。<br />
ダンナが事務所から駆けてきて「ピーが出てるで」って興奮して教えてくれました。出かける準備でバタバタしてる最中に、描きかけの眉半分でそのラジオに聞き入りました。<br />
ピーはこう言いました。「すごく楽しいですね、今」って。<br />
ステージで演奏することがすごく楽しいって言うてくれて、私はそれだけでほんとうにうれしかったなぁ。<br />
<br />
<br />
うれしくて、懐かしく、少し切なくなった。<br />
<br />
時間は容赦なく過ぎていき、私たちの人生はもう最盛期を過ぎた。<br />
<br />
青春という時代もあったけどそれもすっかり昔のことになった。<br />
<br />
古びたアイドルと古びたファンの再会は、それでも大半はうれしいうれしいうれしいという気分で染まりました。<br />
<br />
みんな、ちゃんと生きてきたんやなぁ。<br />
よかったなぁ。<br />
<br />
ありがとう。</font><br />
<br />
<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>主婦の生活</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%E4%B8%BB%E5%A9%A6%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%B4%BB/%E9%9D%92%E6%98%A5%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%82%B9</link>
    <pubDate>Sun, 04 Dec 2011 08:41:08 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>親孝行ごっこ</title>
    <description>
    <![CDATA[<div class="FANCYURL_EMBED" id="diary_body">
	<font style="font-size: medium">母（85歳）を連れてお出かけ週末でした。<br />
	<br />
	京都南インターから名神、近畿道、阪和道を経て和歌山県岩出市ってとこまで。<br />
	<br />
	初めて走る高速。知ってはいるけどあまりなじみのない地名表示が新鮮でおもしろかったりする。<br />
	<br />
	「松原」は、死んだ父が9歳くらいまで暮らした土地なんだそうだ。<br />
	夫を亡くして故郷で食い詰めて、なんらかのツテを頼って父の母は幼子を抱えて異国に流れ着いたのだろう。<br />
	それが松原という名の土地だったことは初めて聞いたなぁ。<br />
	<br />
	それから堺に移り住んで、堺で暮らしていたことは聞いたことがあったけれど。<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	高速を走る車の中、85歳になった母と61歳の長女と55歳の三女の私たちの会話の中で父がよみがえる。<br />
	<br />
	「その後、お兄さんの奥さんと折り合いが悪くて一人で東京へ行かはったんやって。」<br />
	<br />
	そのお兄さん夫婦は戦後韓国へ戻り、父は一人日本に残り母と結婚し私たちが生まれたわけだ。<br />
	<br />
	岩出市には二年前から二番目の姉が住んでいる。<br />
	<br />
	<a href="http://r.tabelog.com/wakayama/A3001/A300102/30004330/dtlrvwlst/2732395/" target="_blank"><font color="#258fb8">http://</font></a></font><a href="http://r.tabelog.com/wakayama/A3001/A300102/30004330/dtlrvwlst/2732395/" target="_blank"><font color="#258fb8"><wbr><font style="font-size: medium">r.tabel</font><wbr><font style="font-size: medium">og.com/</font><wbr><font style="font-size: medium">wakayam</font><wbr><font style="font-size: medium">a/A3001</font><wbr><font style="font-size: medium">/A30010</font><wbr><font style="font-size: medium">2/30004</font><wbr><font style="font-size: medium">330/dtl</font><wbr><font style="font-size: medium">rvwlst/</font><wbr><font style="font-size: medium">2732395</font><wbr><font style="font-size: medium">/</font></wbr></wbr></wbr></wbr></wbr></wbr></wbr></wbr></wbr></wbr></font></a><br />
	<font style="font-size: medium">こういうお店をやってる。<br />
	<br />
	<br />
	母がこの姉の家に連れて行ってほしいと前から言っていたので、今回上の姉と相談して出かけてみたわけです。<br />
	<br />
	娘三人と母、雑魚寝の夜でした。<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	<a href="http://blog.livedoor.jp/tabasco526/archives/50510553.html">http://blog.livedoor.jp/tabasco526/archives/50510553.html</a><br />
	&uarr;<br />
	「雲のじゅうたん」のこんなシーン、思い出したなぁ。<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	金曜日の午後から出かけ、その夜は京都に泊まり翌朝大阪の姉を拾って和歌山に向かうという手筈で。<br />
	<br />
	折よくﾋｶﾘも大阪に用があるのでいっしょに、6時までに大阪に着ければいいという目算で3時に家を出たんだけど、阪神高速で渋滞に合い目算大狂い。<br />
	ヒイちゃん、予定の講演会に間に合わず。京都に着いたのが8時過ぎてました。（ヒイちゃんは大阪泊）<br />
	<br />
	<br />
	その前日の木曜日、塾の授業と授業の休憩時間に思い立って、今西君（<a href="http://tabasco.blog.shinobi.jp/Entry/81/">http://tabasco.blog.shinobi.jp/Entry/81/</a>）に連絡入れて梅田で会う約束してたけど、それも目算狂いでお流れに。<br />
	<br />
	京都の大山崎インターを下りた時点で、「こりゃ、無理だな」と思い、「今夜の梅田会談はお流れです～」とお詫びのメール入れてた。<br />
	<br />
	西京極の実家に着いて、仏壇の父の前で胡坐をかいてビールを飲みながら、「うーん、そりゃ残念」という返信メールを読む。<br />
	<br />
	今西君と会う予定だったから夕飯も食べず、母にも用意不要と伝えていたから何も食べるものがない実家の夜。冷蔵庫の中のきゅうりの漬物と韓国のりで一人宴会でございました。折しも（なんの？）2011年11月11日のことでござんす。<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	金、土、日そんな具合で関西を周遊して日常に舞い戻ってまいったタバスコ、これから年末までバタスコ（あるいはタボスコ）でがんばります。<br />
	<br />
	皆さんも20011年の残りのひと月半（きゃ～あとひと月半だって！）を有意義にお過ごし下され。</font></div>
]]>
    </description>
    <category>しみじみ</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%E3%81%97%E3%81%BF%E3%81%98%E3%81%BF/%E8%A6%AA%E5%AD%9D%E8%A1%8C%E3%81%94%E3%81%A3%E3%81%93</link>
    <pubDate>Sun, 20 Nov 2011 12:51:04 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tabasco.blog.shinobi.jp://entry/92</guid>
  </item>
    <item>
    <title>秋の松山、野菜のおいしい店で</title>
    <description>
    <![CDATA[<div class="FANCYURL_EMBED" id="diary_body">
	<font style="font-size: medium">3時過ぎに家を出て、高速に乗ったら1時間で松山に着く。インターを降りてから市街地を抜けるのに30分かかった。<br />
	約束の5時を10分ほど過ぎて無事友人Ｍ子宅に到着。<br />
	<br />
	玄関に室内犬（パピヨンなんちゃらって犬種）が出迎える。<br />
	彼女が犬を飼い始めたのは聞いていたけど見るのは初めてだ。それを彼女に言うと、「ええ？そう？もう飼い始めて4年になるよ」だって。<br />
	<br />
	ってことはもう4年もこの家に来てないことになる。<br />
	<br />
	感覚としては2年くらいのご無沙汰感。もうこういうことがしょっちゅう起こる。<br />
	時間の経過の感覚がつかみきれないよなぁ。<br />
	<br />
	で、「Ｍ子にはいつ会ったっけ？」<br />
	「今年会ったよね」<br />
	「うん、それいつ？」<br />
	「ええと、5月？」<br />
	「3月ごろちゃう？」<br />
	「なんか、うすら寒かったころ」<br />
	「ええとええと・・・」<br />
	<br />
	<br />
	とそう言うのもすぐには思い出せないのだ。<br />
	10分くらい二人で「いつやったかなぁ」と言いあい、それが4月の15日ごろであったことにようやくたどり着く。<br />
	<br />
	そして、彼女のお母さんの痴呆は緩やかに、でも確実に進んでいるという話を聞き、溜息をつきあい、「でも呆けて母は楽になってるような気がする」と彼女はいう。<br />
	<br />
	呆けることは当人にはそんなにつらいことではないのかもしれない。<br />
	娘としてそれをことさらに憐れまないで「母はらくになった」ととらえるところがＭ子の見識というか、優しさのように思う。私はこういうところでＭ子を信頼することができている。<br />
	<br />
	彼女が連れて行ってくれたお店は、家から徒歩で行ける、野菜をおいしく食べさせてくれるお店だった（店名、覚えていられず）。<br />
	<br />
	焼き野菜だの、素揚げで塩だけで食べるのとか、豚肉も本当にお塩だけで食べさせる、素材がいいからそれだけでおいしいというお店で（サラダの中の生のなすがおいしかったぁ、ナスが苦手なＭ子もびっくり）、二人で生中を仲良く5杯ずつ同じペースで飲んで、食って、しゃべって、話の中身により、ちょっと涙ぐんだり（年のせいで涙もろくなってるなぁ、二人とも）、昔を懐かしんだり（彼女が大学時代下宿していた森田荘の住人たちの話とか）・・・<br />
	<br />
	<br />
	そして、話題に出てきた人ではなかったけれど間接的に、「病気で亡くなった」人の話も出てきた。<br />
	<br />
	そういう年齢になったってことをここでも改めて知ることになる。<br />
	<br />
	<br />
	お店は一軒だけでそのあとはＭ子の家に戻り、缶ビールをもう一本ずつ飲んだ。ナスが好きな私のためにわざわざ買っておいてくれた漬物を切って出してくれるのをつまみに、それだけでもう私たちは疲れてあとはお風呂に入って、12時前に寝入ってしまった。<br />
	<br />
	私が四国に来てから30年近く、もう何度も何度も何度も松山の歓楽街を飲み歩いて、何軒もハシゴしたり、家に帰ってからも夜通し飲んだりしたけれど、もう、私たちは年とっちゃってええ加減なところで手を打って、「これくらいにしといたろ」と切り上げることもできるようになったんだなぁ。<br />
	<br />
	そして今朝、7時半に起きて、Ｍ子が入れてくれるコーヒーを飲んで、また高速すっ飛ばして帰ってきたわけ。<br />
	<br />
	ま、もうちょっと繁く松山通ってもいいかなぁ。<br />
	この年になって、うまく話せなくてもどんな思いをしたのかってことをわかってくれる友人ってやっぱり貴重だよなぁと今回しみじみ思いました。</font><br />
	&nbsp;</div>
]]>
    </description>
    <category>ともだち</category>
    <link>http://tabasco.blog.shinobi.jp/%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%A0%E3%81%A1/%E7%A7%8B%E3%81%AE%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E3%80%81%E9%87%8E%E8%8F%9C%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%84%E5%BA%97%E3%81%A7</link>
    <pubDate>Sun, 20 Nov 2011 12:35:40 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">tabasco.blog.shinobi.jp://entry/91</guid>
  </item>
    <item>
    <title>タバスコ、2011、3～10</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>
	<font style="font-size: large"><font span="" style="font-size: 150%"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">敬老会、終わりました。やれやれ。ふ～。<br />
	<br />
	ささやかな達成感の中静かな夜を過ごしています。<br />
	<br />
	40年前以上も前に熱狂していたタイガースのね、復活コンサートがこの9月から始まっていまして、私は行きたかった京都でのチケットを入手できず、本日なんとか高松公演（12月2日）のチケットを手に入れることができました。<br />
	<br />
	ここまでにも紆余曲折がありまして、実は先行予約（高松公演の）で抽選に当たっていたのにもかかわらず、当選メールがスパムメールと認識されてゴミ箱に直行してたらしく、知らん間に「あなたの権利は失効」てなことになってたんですよ。敬老会準備に追われる日々に取り紛れてしまったという事情もあり。</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">ま、しゃあないな。こういう時私はあっさりそのように思う性質です。ま、一般販売で買うたらええわ、田舎のチケットやし取れるやろ、といつもながらに田舎を侮っておったわけです。<br />
	その一般販売開始が10月2日午前10時。<br />
	タバスコのその時刻は敬老会の正に開会時刻でございましたので、ヒカリに電話購入の手順を示して、「頼んだで」と言い残し、いざ敬老会へ、午前7時30分に家を出ました。（行ってくるぞと勇ましく。白綾たたんで目のつるごとく）<br />
	<br />
	10時、開会式が始まりました。「チケット入手、頼むで、ヒカリ！」と、しかしそれは心の片隅で。</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">来賓のあいさつが終わるとタバスコが祝電の披露やご祝儀をいただいた方々の名前を読み上げさせてもらいます。<br />
	名前の読み方間違えたらあかん、祝電も下読みしとかな、「施策」ってどう読むにゃろ？「せさく」？」「しさく」？（正解はしさくでした。せさくって読んでしもたがな、ま、ええわ） などなど、心の大半は目の前の敬老会進行に注ぐタバスコ、些少といえども血税にて報酬をいただいている身でございますよって。<br />
	<br />
	で、ヒカリに結果はメールで知らせてな、って頼んでいた、そのメールを確認できたのが10時半でした。<br />
	<br />
	「だめでした」やって、ええええええ？！うっそ～～～～、がっかり～～～<br />
	<br />
	そのがっかり感は次第に大きくなる。<br />
	<br />
	こんな田舎のコンサートのチケットくらいとれるやろ、と高をくくっておったのはたしか。その緊張感のなさがせっかくの権利失効を招いたとも言える。<br />
	<br />
	思い返すに悔しさが募る。ああああ、あほあほあほ。<br />
	<br />
	<br />
	ピーが40年ぶりにファンの前に出て来てくれて、そのことにいたく感動したことの経緯を書いたのは今年の2月のことやったかしらね。<br />
	その後、大震災がありました。<br />
	日本中のあらゆる価値観が一変したみたいな思いを味わいました。<br />
	<br />
	放射能の恐怖に苛まされもしました。<br />
	<br />
	ヒカリは横浜に入院してたし。<br />
	<br />
	退院して元の木阿弥みたいな生活に戻って、ぐったりして、がっかりして、そんな中でも日々は過ぎ、夏が来て、今年の暑さは去年の猛暑よりはマシやったとタバスコの体はそのように判定しましたが、節電に迫られた関東以北の皆さまは厳しい暑さを耐え忍ぶ夏だったことでしょう。</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">7月には原田芳雄が死んじゃったよぉ～。<br />
	先に死んでもええ奴は他にゴチャマンといるというのに。（命に軽重の差がないとはタバスコは思ってないんです。井上ひさし様の命の重さは、そこら辺の三流政治家の100人分に匹敵すると思てます）<br />
	<br />
	いろいろがっかりしながらも夏休み教室、今年もてんてこ舞いの内に何とか乗り切り、8月の最終週にはやっとこちょっとした夏休み気分でヒカリと小さな旅行をしました。</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">淡路島の、瀬戸内海を見はるかす丘の上のお花畑を訪れました。ﾋｶﾘが高校2年の夏休みにも来たことのある丘でした。</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">あれから10年。&nbsp;<br />
	難儀な神経症を病むヒカリの、病歴は15年、夏が15回も巡っては去り、したのか。 </font></font></font></font></font></div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	<font style="font-family: comic sans ms"><font style="font-size: xx-large"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic" size="2">その途上の、10年前の夏休みの旅行で訪れたあの丘にもういっぺん立ってみた今年の夏の旅行でした。</font></font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-family: comic sans ms"><font style="font-size: xx-large"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic" size="2">ﾋｶﾘが、ひまわり畑の中で、何枚も何枚も写真を撮っているのを、展望台の手すりに乗り出して眺めていました。</font></font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">&nbsp;</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">実はこのあたりからヒカリの調子がわりとよかったんです。</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">今までも、「ひょっとしたら」と何べんも回復の兆しの希望を見、打ち砕かれの春秋でありました。</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">だから、わりと調子が良い兆しを、何事でもなく見て見ぬふりしたりするところもありました。</font></font></font></font></font></div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">それは音もなく訪れるのかもしれない。そろりとやってきたそれを、そのままにしておく方がいいのかもしれない。</font></font></font><br />
	<br />
	<font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">そして9月、臨時雇用ながら就職もしました。<br />
	機嫌よく通勤してます。<br />
	<br />
	タバスコは例年のことながら公民館のお手伝いで多忙を極める時期に突入致しました。<br />
	<br />
	9月からいよいよタイガースの復活コンサートツアーが始まり、まだ手にできていないチケットのことが胸をよぎりながらもそのことだけを考えているわけにもいかないうちに日々は流れ、</font></font></font></font></font></div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">「ほんまに行けるんかいな」</font></font></font></font></font></div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">「ま、行けへんときはあきらめるしかしゃあないなぁ」</font></font></font></font></font></div>
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	&nbsp;</div>
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	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">タバスコは、このように人生を生きてきた女でしたよ。<br />
	<br />
	たくさんのものをあきらめてあきらめて、気持ちを抑えて抑えて。（ほんまかいな、といま幾人かの方が一斉に異議を唱えられたのが聞こえましたが）<br />
	<br />
	こんなにけなげにつましく生きているタバスコに、ちょっとくらいのうれしいことが起こってもええはずやのに、なんで、9月も11月も（さらに追加公演の1月も！）京都公演のチケット先行予約抽選に当たれへんねんな、と腹立たしくも悲しむものでもありました。<br />
	<br />
	人は不運過ぎると恨みがましくなるもんですね。<br />
	ちょっとした幸運でうんと元気にもなれるのに。<br />
	<br />
	ときどき不幸過多の結果犯罪を犯す人がいますが、（たとえば数年前に起きた秋葉原の無差別大量殺傷事件とかね）あの犯人の男の子も、ほんの少しの、ちょっとした幸運であんなことをしなくて済んだのではないかと思ったりしたものです。話逸れましたけど。<br />
	<br />
	えっと、今年はわりとずーっとそんな気分でおりました。<br />
	2011年の通奏低音はそうやったんです。私はかわいそすぎるな、もっとええことがあってもええんちゃうんかなぁ、てなちょっとした世間への、恨みとまでは言わないけれど、ヒガミみたいな。</font></font></font></font></font></div>
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	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">その上タイガースのコンサートがもうどこのコンサートも見られへんてなことになったら、ほんまに世間を恨むで、と思っておりましたことよ。<br />
	<br />
	<br />
	敬老会を終え、帰宅し、チケット入手に失敗した顛末をヒカリから確認し改めてがっかりし、そのがっかりは刻々大きくなりました。 </font></font></font></font></font></div>
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	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">もう、ぐれてやる～<br />
	<br />
	と、そこへ見知らぬ方からメールが参りまして、「高松のチケットまだとれますよ～」<br />
	<br />
	へ？<br />
	<br />
	<br />
	ＳＮＳのタイガースコミュで「チケットとれへんかったぁ～」と叫んでいたタバスコのそのコメントを見て教えて下さった見ず知らずの方がいらっしゃったんでございます。<br />
	<br />
	へえ、ありがとうございますありがとうございます。<br />
	なんとか高松公演のチケット1枚ゲットできました。<br />
	<br />
	あああ、よかった～、救われたぁ。<br />
	<br />
	こんなね、ささやかなことで人生また生きていく力が湧いてくるちゅうもんです。<br />
	<br />
	おい、聞いてんのか、野田（やったっけ？新しい総理大臣）。<br />
	日本の国民はほんまにつましくけなげであることよ。</font></font></font></font></font></div>
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	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">今日、敬老会の実施報告書を、市の公民館事務局へ提出しに出かけました。</font></font></font></font></font></div>
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	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">ドキドキ・・・</font></font></font></font></font></div>
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	&nbsp;</div>
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	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">実はこの事務局内でﾋｶﾘが働いております。</font></font></font></font></font></div>
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	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">その働く姿を目の端にとどめるだけにして帰ってまいりました。</font></font></font></font></font></div>
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	<font style="font-size: large"><font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font face="MS UI Gothic"><font size="4"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">ちゃんとやってるがな。</font></font></font></font></font></div>
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	&nbsp;</div>
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	<font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font style="font-size: large"><font size="4">帰り道、きんもくせいの香りが漂う田舎道を、車の窓を全開にして走っておりました。</font></font></font></div>
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	&nbsp;</div>
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	<font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font style="font-size: large"><font size="4">そして、帰り着いてパソコンを開いたら・・・・</font></font></font></div>
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	<font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font style="font-size: large"><font size="4">ハハハハハハ、神戸に住むネットの仲間のＣさんが、「師匠（☆）！タイガースの高松公演、ご一緒させていただきますぅ」やって。</font></font></font></div>
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	&nbsp;</div>
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	<font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font style="font-size: large"><font size="4">なあんや、チケットまだ余ってるんや～ん。さすが田舎ぁ～</font></font></font></div>
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	&nbsp;</div>
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	<br />
	<br />
	<font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font style="font-size: large"><font size="4">ええこともあるやん、生きてたら。</font></font></font></div>
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	<font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font style="font-size: large"><font size="4">辛いことの多かった2011年でございますが、皆様の下にも、ささやかな幸運の一つ二つ訪れんことを心よりお祈り申し上げます。</font></font></font></div>
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	&nbsp;</div>
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	<font style="font-family: ｍｓ ｐゴシック"><font style="font-size: large"><font size="4">（☆）Ｃちゃんはなぜかタバスコを師匠って呼ぶのよ。なんでやねん、年3つしか違わへんのに。しかも、どう見てもあっちの方が師匠やろ！</font></font></font></div>
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	&nbsp;</div>
<br />
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    <category>しみじみ</category>
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    <pubDate>Wed, 05 Oct 2011 06:40:34 GMT</pubDate>
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