河合隼雄氏が亡くなられた。
私は、氏の著作をそんなにたくさん読んだわけではない。 でも、私にとって河合氏は特別な人である。 それは、「魂の現実」ということばを私に教え示してくれた人として。 魂の現実ということばの持つ深さをどれほど私が理解できているかはあやしいところもあるのだけれど、このキーワードを示されたことで、私のものの考え方、人への接し方、読書の際の読み深め方に大きな変化が生まれたことは間違いないと思っている。 以下は、ドラマファンというbbsに五年前に私が書いたものです。 「魂の現実」ということばを河合氏から教わった直後の、その驚きを書いています。 魂の現実 投稿者:○○ 投稿日: 2002年5月16日(木)19時19分40秒 「山田作品に現れる超常現象」について。 私はあいどんさんにいつかお聞きしたいと思っていたテーマでした。 山田作品の魅力の一つは、描かれる人間のリアリティにあると思うんですが、時としてリアリティという言葉からすこしずれた場面に出くわすことがありました。 あいどんさんは「作劇的にどうなのだろうと少し違和感を」もたれた、ということでしたね。 幾人かの知り合い(特にドラマファンでもなく山田ファンでもない)に聞いてみたことがあるのですが、評判はあまり芳しくないようです。 たとえば「夏の一族」などは、前半の登場人物たちの知的で冷静な振る舞いと後半になってからの「超常現象」を受け入れていく過程が納得いかないという感想を述べた人もいました。 「想い出づくり」や「ふぞろいの林檎たち」を楽しんだ人たちの中には、山田太一の「転向」(?)と捉えた人もいたようです。 私の中にも一時山田さんがことさらに超常現象やファンタジーに向かわれているのはなぜなんだろうと訝るような気持ちがありました。でも、作品としてのおもしろさに惹き付けられて、それはそれで楽しんでおけばいいのだ、という程度の解釈で収めていました。 とにかく私は贔屓の引き倒し的山田ファンでしたから。 作品の傾向として明かに異種のものとして書かれたファンタジー三部作(「異人たちとの夏」、「飛ぶ夢をしばらく見ない」、「遠くの声を捜して」)を読むと、山田さんの心のなかにこういったものへの強い希求があったことに始めは意外な気がしました。 ドラマに本物の「リアリズム」を、その中から表現できる重層な感動をたくさんのドラマファンに見せてくれた山田さんの、作家としての欲求の中にファンタジーへの強い希求があったことをはじめて知ったように思いました。 三作目の「遠くの声を捜して」発刊後の河合隼雄氏との対談のなかにそれまでの私の中にあったもやもやが全部解き明かされるような、山田さん自身の言葉や河合隼雄氏の分析的解釈がありました。できるだけ完結に引用してみます。 河合「まず私の専門分野から言いますと、これを(遠くの声を捜しての)主人公の笠間恒夫が分裂病を発病する過程として見ても、すごくうまく書かれていると思いました。(中略)精神病理の教科書になるぐらい見事ですね。」 山田「私としては、この種の非現実の話しを書くことに興味を持ち出してから、つとめて知的な情報を排除して書こうとしています。(中略)ですから笠間の症状が分裂病に非常に似ているというのを今初めて伺って、逆にびっくりしています。」 この後、お二人の話はこの作品中のディテールについて山田さんが意図していないにもかかわらず、河合氏はそれぞれが精神病理の立場から非常に「リアリティ」があると分析されています。で、心理学の立場だけから見ると結末の盲目の美少女の存在によって現実感が薄れて、「ちょっと残念ですね。」と言われ、山田さんは、「(略)しかしまあ、私は分裂病の症例を書いたつもりはないので、ファンタジーの結果として美少女をお楽しみいただけないでしょうか(笑い)。」と楽しそうに反論されています。 河合「(略)最後に結論めいたことを言いますと、『遠くの声を捜して』はファンタジー風に書かれていますが、僕はファンタジーは魂の現実だという考え方ですので、すごくリアリティを感じました。」 山田「(略)ファンタジー三部作と謳うつもりだったのですが、リアリズム三部作と改めなければなりませんね。(後略)」 対談のあとでの、河合氏の話。(要約) 小説中の主人公の症状についてはかなり研究して書かれたものと思っていたら、そうではないことを知って驚き、さすがに作家というものはすごいなと思った。 非現実の話を書くつもりで知的な情報を排除して書いても、そのときの自分の心の深部へと下降して取り出してくると、それはきわめて現実的になるのだ。 現代の「生々しい現実」に関わらずに生きていけることへの警鐘として、というのが今回の作品の動機といっておられる。実際は気付かずにいるだけの「生々しい現実」に気付いてもらうためには「ファンタジー」で語らねばならないという逆説が存在している。(後略) この対談を読んでみて、いわゆる超常現象的シーンを、山田作品の中のリアリティーが、生活というレベルから魂のレベルへより深まった結果として、というふうに考え直すととてもよく納得できました。 河合さんのことばのなかの「魂の現実」という言い方がいつまでも心に残りました。 「夏の一族」の後半の展開を、戦争体験を今も引きずっている人の「魂の現実」と解釈すると、そのリアリティーが前半も後半も一貫していることに改めて気付かされました。 |
宮本常一の「忘れられた日本人」というのを読んでるんですけど、その中に「土佐源氏」ってタイトルの章ががあって、それは橋の下の、筵で囲ったような小屋に住む乞食同然の老人の話を宮本氏が聞き取り、書き残しているものです。
土佐源氏ってどこかで聞いたな、と思い検索したら、そうそう、坂本長利の一人芝居の演目にそんなのがあったんだ、と思い出し、まさにその芝居のもとになったものでした。
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で、こんなものも拾ってきちゃったよー。
この本、「忘れられた日本人」って言うのは、宮本氏が、昭和23,4年頃に、日本中の山村を歩き回って、その土地の老人の話を聞き取り書き起こしているものです。
本の内容についてはこのようにうまく解説しているものがあったので、どうぞ。
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読み出してみると、私が忌み嫌う「田舎」に住む人々の田舎的なものの根元を解き明かしてくれているようで、そこに興味がそそられ読み進んでいったんだけど、この本の教えているものはそんな浅薄なものじゃありませんでした。
ま、とにかく圧倒されるおもしろさがありました。(まだ全部読んだわけじゃないんだ。まだお楽しみは続く)
土佐源氏はとりわけ印象深い。
無学な、碌でもない生き方をし、老いさらばえて乞食をするしかない一人の男の心の奥に宿る純情(このことばはこういうときに使うものなんだなあ)をさらりとちらりと垣間見せてくれる、というものです。
そして、オリジナルは一級のポルノでもあったらしい。
ほとんど関係ない話なんだけど、この老人が住んでいるのが、土佐の山奥の、梼原という土地(の近くだったかな)。
梼原はゆすはらと読む。
山田太一さんの(またかいな)ドラマ「せつない春」に梼原という苗字の男が登場する。
山田さんのドラマ(小説も)には難しい苗字や名前はほとんどでてこない。
男は「繁」だったり「健一」だったり「実」だったり。
女も一般的な普通の名前がほとんど。(わたしゃ、難しい読み方の名前の登場人物が出てくる小説が嫌い)
梼原は珍しく、読み方の困難な苗字だった。
ま、この珍しさがドラマにはちょっと必要だったと言うわけですけどね。
だから、梼原が出てきただけで、「お、梼原かいな」とそれだけで私は土佐源氏という話に、しょっぱなで興味を引かれたわけでもあります。
確か、ドラマの中で「梼原」なる男は、「高知にこのような名前の村があり、もともとはそこの出身である、云々」と言っていたと思う。
ディテールにこだわるタバスコの一面をさらしてしまいました。
しかし、木を見て森を見ずになってはいけないと、いつもダンナを反面教師にして自戒しております。
夕飯を食べ終えて、ダンナはさっさとお風呂に入って、焼酎のオンザロックを用意して、テレビの前に陣取って、なにやら楽しそう。
それを横目に私も早々とお風呂に。(いつもは就寝直前に入る習慣なんだけど)
上がってきたらダンナがひとりでノリノリでアド街を見てた。
アド街は、今宵スペシャル版らしく、3時間生放送で、「懐かしい風景が残る街ベスト77」をランキングしながら紹介してくれている。
旅・グルメ・紀行番組大好きなダンナは気合いを入れてご覧になっていたのだ。
で、「キミもいっしょに見よ」って言うので一緒に見て、クイズも一緒に考えて、ダンナは電話で答えて(視聴者参加形式になっていたのだ)、正解者の中の当選者にはホテル宿泊の権利とか車プレゼントがあるってんで、いちいち、「当たったらいこなー」とか、「こんな車(派手なペイントが施してある)当たったら、キミ乗る?」とかひとりではしゃぎながらめっちゃ楽しそう。
クイズは四択なんだけど、ダンナは私の答を信頼しきってそれで答えていた。ほぼ正解だったんだけどさ。
で、お風呂上りの私を見て、「キミって可愛いなァ」とかリップサービスも忘れない。
どうしたんやろ。
あやしいなあ。
私は、「ネットしたいなあ」と心で思いつつダンナがあんまり楽しそうなので付き合っていた。
すると、突然「キミ、ネットしてきたら?」と言うので、心の声が聞こえたんやろか、と一瞬思ったらそうではなくて、時刻は9時をさしていて、アド街にそろそろ飽きてきたダンナは必殺にチャンネルを切り替えたかったようだ。
切り替えたいけど、妻が楽しそうに見ている番組を変えたらまた妻の逆鱗に触れるかとでも思ったのだろうか。
ダンナはダンナで、「珍しく妻が機嫌よくテレビを見ているから付き合ってやってる」という気分だったのかもしれない。
「早くネットにいってくれないものか」と思っていたのかもしれない。
ううむ、夫婦とはこのように一見仲良さそうに見えても心の中は隔たっているものなのだなあ。
網戸を張り替えた。
網戸張替えキット、2000円。
網10メートル(幅91センチ)とカッターナイフと埋込用ゴムとそのゴムを埋め込むためのローラー。
先日姑が母屋の網戸張替えを建具屋さんに頼んだら2500円やったらしいです。
家の中の網戸を数えたら9枚もある。(小窓も一枚と数えたら)
10年くらいまえに一度張り替えたことがある。
意外に簡単だった。簡単だけど面倒くさい。
私も年を取ってやる気も低下してきた。
もう建具屋に頼むしかないかな、という思いもよぎり、昨年辺りから「どうすべー」と気にかかっていたわけです。(破れたところを補修してしのいでいた)
思い立って今朝DIYショップへ出かけ、件のキットを購入し、その勢いで、雨の中取り掛かってしまった。
ダンナが「わざわざ雨の中でせんならん仕事?」と訝るのを尻目に濡れそぼりながらの作業。
雨に濡れるのは好きなんざます。
それに炎天下で紫外線=シミを気にするより楽そうとも思ったし。
こういう作業をしながら、わたしゃこういうの嫌いじゃないんだなーとしみじみ思う。
「こういうの」ってうまくいえないけど、目に見えて何かが出来上がっていく仕事っつうか。
汗流しながら、手や体が汚れるような仕事っつうか。
楽しいんですよね。
でも、しゃがんでする仕事なので腰が痛くて2枚張り替えて今日の作業は打ち留めました。
夜はバイトもあるから勢いだけで続けたらあとが大変。こういう計算も51歳になってやっとできるようになった。
勢いで、後先省みず何かに没頭してあとで痛い目に遭うなんてことを繰り返す人生だったけど。
1枚目より2枚目はぐっとうまく張れている。
こういう風に目に見える成果というのもうれしい。
ドライバーとかペンチとかの工具を使う作業もお好み。
棚を作ったり、扉の不具合を修理したりするのなんざちょちょいのちょいざます。
自分で出来ることは何でもやる。
そういえば51年間そうやって生きてきたなー、と思う。
案外人に頼らず生きてきたような気もする。
それがどれほどのことか、と他人からは思えるかもしれないけれど、こういう小さな思いが案外人を大胆にすることもある。
私は、どこでだってどんな境遇でだって生きていけるだろう。
今日は、東京で観劇オフ会がもたれている。 |
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