だけど人間は甘い
土曜日の午後、玄関のチャイムが鳴り、出てみると近所に住むカズキ君という男の子がそこに立っていた。
「おー、カズキ、どうしたん?」とおばはんはなれなれしい。
なれなれしいおばはんは若者に嫌われるものだということくらいはわかっている。分かっているけれど、あえてそのへんのおばはんらしい反応をすることもおばはんの分別の一つなのだ。カズキにはまだまだそこまでは分からないだろうけれど。
「明日、東京へ行くので挨拶に来ました」
カズキはこの春から東京の大学生になる。その旅立ちの挨拶に来てくれたのだ。
小学生時代に地域のスポーツ少年団に入っていたときダンナがそのスポーツ少年団の団長をしていたので、折に触れカズキは我が家に挨拶に来てくれる。高校に合格したときも、大学に合格したときも、息せき切って報告に来てくれた。
「母がちょっとさびしくなると思うのでよろしくお願いします」
彼の母親のチドリさんと私は仲良しの飲み友達なのだ。私のこの土地での唯一の友人と言っても良い、そういうお友達なのだ。
「よっしゃ、お母さんのことは任しとき」と胸をどんとたたいて請け負う。
四国の片田舎から東京へ出て行くという前日の18歳の少年。
ふむ、なかなかええもん見してもろたよ。おばちゃんは。
ま、ぼちぼちやっといで。
今週末あたりチドリさんを飲みに誘って上げなきゃな。カズキに頼まれちゃったしな。
春が来ましたね。
それぞれの人のもとにそれぞれの新しい季節が訪れているんでしょう。
私は、実は小さな別れを経験しました。
友人を一人失くしちゃいました。
私にとってはそういう春です。
ま、しゃあないな。
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