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5月のゴールデンウィーク終盤。

本日タバスコは家族から「主婦の休日」を勝ち取りました!

自分以外の誰かのためのことは一切しない一日でございます。

食事の用意、洗濯、掃除・・・

家事をするしないの問題ではない。したくないといっているのではない。

家族のことを考えないでいられる一日が欲しいってわけなんです。

だから、できればダンナにも家にいて欲しくないんだけど、行く当てのないご様子で遠慮がちに私の視界を汚している。ちょっとかわいそう。

電脳主婦仲間で企画実行した「朗読会」は大成功のうちに終えることができ、その余韻でしばらく主婦の無聊も慰められ、ああ、良かったね、楽しかったね、感動したね、の挨拶の交換も次第にまばらになってまいりました。

発案から計画、打ち合わせ、前日リハから当日へ。そして当日のてんやわんや、本編、打ち上げ、反省へ。

この一連の展開を実録小説風に書いてみせましょう、などと、直後のテンションの高さの中で大見得を切ってしまったタバスコでございました。

今日あたり書き始めてみるにふさわしい佳きお日柄でございますね。


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昨日からこのフレーズが胸の中でカタカタ回ってる。

おととい、NHKで放送された井上ひさしさんの戯曲「組曲虐殺」の中で歌われてた歌の一節。

原稿用紙に向かうとき、そこにからから回る胸の映写機から映し出される映像が立ち上がるって、劇中の小林多喜二が言う。

それは井上ひさしさん自身の作家としての言葉でもあるんだろう。

かたかたかたかたまわるぅ~
むねのえいしゃきぃ~

そこには死んだ人の姿も映し出される。

で、昨日ヒカリが、「今日の『ひととき』良かったぁ~」と言って、どこかの60過ぎのおばさんが書いた朝日新聞「ひととき」の文を読み聞かせてくれた。

「母の中で弟は生きる」

というタイトル。

認知症の88歳のおばあさんは死んだ人の安否を娘の「私」に良く尋ねる。
20年前に死んだ夫の安否について娘に「もう随分前に死んでる」と言われたら、「ま、亡くなった人をあれこれ思っても仕方ない。お母さんがその分長生きして人生を楽しめばよい」とさっぱりした言葉を返す。けれど、22年前に亡くなった息子の死は認めない。「私」がつい正直に答えたら「修二が死んだはずはない」と烈火のごとく怒り出した、と。

「今日も病院に行く途中、弟のことを尋ねるので、『元気、元気。仕事が忙しいみたいよ』と答えると、『顔も見せないで親不孝ものめが』と言いながら笑っている」。

おばあさんの胸の中の映写機はちょっと壊れている。
死んだ人を生きた人として映し出す。
死んだ人を生きた人として映し出す映写機のおかげでおばあさんの悲しみは癒されている。

「認知症から優しいプレゼントをもらい、これから先も母の中で弟は生き続けていく」とその文は終わっていた。

タバスコは、えんえんと泣いてしまいました。


今日もええ天気です。

ヒカリとちょっと遠出の散歩にでかけよかと思っています。


mixiで仲良くなった人たちがいる。

私のmixi歴は結構長くてもう6年。

ドラマファンサイトの若いお友達に勧められて分け入った。
大変居心地がよく、私のネットライフの中心がいまやmixiに移行してしまっている。

最初の半年くらいは日に2,3人の足跡があるくらいだったのが、あることをきっかけに大量の足跡がつくようになった(mixiでは訪問者の名前が表示される)。

それは、貴乃花がお兄ちゃんの若乃花といさかいを起こしたとき、それについての私の感想を述べた日記がきっかけだった。どんな日記だったかは割愛するけど、それをある人がおもしろいと紹介してくれて、その人の友人たちが大挙して訪れてくれた。
そのときの訪問者の中にmさんという人がいた(神戸在住の「神戸のマダム」だからmさんと呼ぶ)。
mさんはそれをきっかけに私のHPやらmixiの過去日記やらを読破して「とてもおもしろい」と褒めて下さった。この人も友人の多い人だったのでまた訪問者が増えた。

そういう人たちの中から気の合う人が残り、あるいはまた別ルートからも仲良くなった人もいて、こんな田舎に幽閉されたように暮らす私だけれど気の合う、話しの合う、つまりある程度価値観の共有できる友人たちを日本中にもつことができた。

何度かお会いする機会もあり、53歳の片隅に生きる非活動的なおばさんとしてはなかなかしゃれた交流世界を築くことができたと思っている。


さて、そのmixiのお仲間の中にKさんという人がいて、年齢は私より5つ6つ下の、バツ一で高校生のお嬢さんを持つ女性。
彼女は今大変な苦境にいる。
勤めていた会社が倒産、無職になり、しかも腰痛もち。
お嬢さんが少し心を病んでおられる。高校生と言ったが、既に退学されてしまった。
極度の神経症で外出がままならないのだ。

ときどき、「死にたい」と弱音を漏らされることもあった。

Kさんは読書家でたくさんの本を読み、その感想をmixiの日記に綴られている。
その感想が人をひきつける。感想の域を超えて立派な書評になっている。
映画、舞台もたくさんご覧になり、その都度映画評、演劇評も書かれる。それもまたありきたりなものではないものを書かれる。

この人は、若い頃女優をされていた。舞台を中心に、「女優ではなく役者と呼んで」とご本人はおっしゃる。
今はすっかり舞台から遠ざかってしまわれた。生活に追われていつしか好きな舞台から遠ざからざるを得なくなられたのだろう。

苦境の中にあるKさんがあるときmixiの日記で「いつか一人芝居をしてみたい。それができたらもう死んでもいい」とぽつんとつぶやかれた。
そんな呟きを聞き逃さず、「Kさんに舞台に立ってもらおう」と思い立たれた仲間がいた。
それがmさん。


mさんから私にメールが来た。
「Kさんの舞台を見たいと思わない?みんなでそういうの企画してみようよ」って。


紆余曲折を経て、今週末の17日、Kさんの舞台が実現することになった。
ひとり芝居はちょっと手に負えなかったのでとりあえずは朗読会なんですけどね。

わなびープロジェクトと称して発起し、何度かの打ち合わせ会を経ていよいよ本番を迎える運びとなった。
朗読の演目は田辺聖子さんの「ジョゼと虎と魚たち」
神戸三宮の小さなライブハウスで、今度の土曜日の午後始まり始まりぃ~

不肖タバスコはフライヤーとプログラム作成を請け負いました。
イベントのタイトルは、「昼下がりのジョゼ」。


おばさんたちが手作りでこんなことしてます、程度のことではありますが、ま、悪くはないでしょう。

北海道から東京から駆けつけるお仲間もいらっしゃいます。
タバスコも海を渡って駆けつけます。

わなびーとは "I wanna be"から。

小さい頃夢見た未来の自分
何かになりたかった私たち
もうその未来に既にきてしまった私たち
なにになれたのでしょう

ほろ苦いおばさんたちの今の、ささやかな夢がささやかに、花開くことを願って。







タバスコ学習室を開設いたしました。

今まで勤めていたK塾のO教室は、2月に「辞めさせてもらいたい」旨のことは伝えていて、その時点では家で塾を開こうという思いつきはまだあやふやでした。

3月に入って、やっとこ重い腰を上げて手作りのチラシを近所の小学校の登下校時の子どもたちを待ち伏せして捕まえて手渡ししてみたりしながらもまだあやふや感漂いつつ・・・
こういうとこ、本当に私ってあやふやな人間だなぁ。

チラシ効果はほとんどなく、聞いてみれば、たとえば新中学1年生(タバスコのターゲット!)は1月あたりから塾を探し2月にはほぼ決めていたんだって(近所の新中学生の母親談)。

遅きに失したか・・・

ま、ええか・・・

ね、こういうところ本当に私ってええ加減なおばはん。

で、K塾のほうは、「一日だけどうしても続けてもらえないか」って言われたのもあり、今年度は一日だけのバイトでちょっと楽しちゃおうかなって思ったりしておりました。

3月も末になって、「チラシを見たんですけど」という問い合わせがポツリポツリあり、小学生4人と中学生1人が入塾してくれることになりました。

で、本日よりタバスコ学習室発進でございます。

ねらい目は口コミ。

あと、新中学1年生が既成の塾に不満が出始める夏休み前後に第二波があるのではないかと胸算用。

でも、タバスコ一人で対応するので15人が限度かなぁ。
早い者勝ちだよ!

ええ加減に発進した方がタバスコらしく、案外ええ結果が出たりする。

ええ結果というのはつまりタバスコ自身がしんどくなく楽しく働けるってことでございます。
どこまでいっても自分第一主義!
なんか文句あっか?
1月のことだったか、CSの時代劇専門チャンネルで「NHK大河ドラマアーカイブス」というプログラムがあり、そこで「竜馬がゆく」を見たのでした。
1968年放送。
めっぽうおもしろくて度肝を抜かれました。惜しいことに、天下のNHKにも、VTRはたったの一本しか現存していないらしい。その貴重な一本、第16回「脱藩」の回を放送していたわけです。

今ごろになって司馬遼太郎原作の「竜馬がゆく」を読み出したりしております。
脚本家の水木洋子さんのことも調べて「へえええ~」となったりしておりました。

私は本を読むのが非常に遅いので、原作の方では竜馬は今やっと脱藩しようかどうしようかとしているところです。

ドラマ第16回では、脱藩する竜馬を取り巻く周囲の人たちの緊張が主に描かれています。

嫁に行っている乙女姉さんに相談に行く竜馬。
男やったら自分の信じた道を行け、と励ます姉さん。
けれど姉の婚家に迷惑が及ぶことだけは竜馬も気に病む。(実家に累が及ぶことについては「こらえてもらうしかない」と言い放っているが)
乙女姉さんは、「かまわぬ」という。夫へ離縁を願い出ることを決心しているのだ。
「それはいかん」と竜馬がいうと、「あんなばぶれもんの亭主にはほとほと愛想が尽きている(だからからかまわん)」と姉さんは言う。
大笑いしたあとでその笑いがいつしか泣き顔になる。

このドラマ、文句のつけようがないデキでどのシーンも気が抜けないおもしろさなんだけど、ここだけちょっと気に入らなかったのだ。
ここで、乙女姉さんは泣かないほうがいいのになぁってタバスコは思ったのだ。

で、原作ではもう少しカラッと描かれている。
ばぶれもん(好色で女に手を出す男を土佐ではこういうらしい)のご亭主とケンカして投げ飛ばしたりしている乙女ねえやん。竜馬もそういう二人を笑ってみていたりする。
妾を持つのは男の甲斐性などという価値の時代背景もあるでしょう。そういう時代の中にあって乙女という女は性的なだらしなさにやや潔癖なところがあるという描かれ方ではありますが、弟に亭主の行状を話した後で泣くのは乙女ねえさんらしくないなぁって思ったのね。

で、脚本の水木洋子という人。
この人は映画監督谷口千吉の最初の妻です。
谷口千吉という名前は、私などは八千草薫の夫という記憶の残し方しかできないんだけれど、まずまず有名な映画監督さんだったんでしょう。
水木洋子と八千草薫の間にもう一人女優さんと結婚されてます。

水木洋子という女性は、そういう経験をしているのかと考えると、この乙女がこういう描かれ方をするのも、ああ、なるほどなぁとやや納得してしまったりしたわけです。

演じる水谷良重には原作の乙女よりちょっと陰があるんですよね。

それでも弟が乱世に打って出ていこうとその決心を自分に伝えにきたときの、乙女の「ああ、こんな世の中でおなごであることがくやしい」と
もどかしげに身を震わしながらも、維新の風が今巻き起ころうとする時代の激動に目を輝かせて昂奮する様は素晴らしい熱演でございます。

これもまた、戦時中左翼思想活動もしたという水木洋子の筆を通した乙女像ということなのかもしれません。



あれこれより道わき道に入りながら読むのでほんまになかなか先へ進まないんだけど、タバスコは今竜馬とともに維新の風の中に生きているのでございます・・・

プロフィール
HN:
タバスコ
年齢:
61
性別:
女性
誕生日:
1956/05/26
職業:
兼業主婦
趣味:
広範
自己紹介:
おもろいおばはん
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